2003年 Jリーグ

J1リーグ
横浜F・マリノス ファーストステージ、セカンドステージで優勝!

年間総合順位
1st・2ndの両ステージを同一チームが制覇したため、チャンピオンシップは開催せずに順位が確定

順位クラブ名勝点試合得点失点得失
1横浜F・マリノス58301776563323
2ジュビロ磐田57301695563422
3ジェフユナイテッド市原53301587573819
4FC東京493013107463115
5鹿島アントラーズ4830139844404
6浦和レッズ47301389544212
7名古屋グランパスエイト45301112749427
8東京ヴェルディ19694030117125657−1
9セレッソ大阪4030124145556−1
10ガンバ大阪39301091150464
11清水エスパルス3930116133944−5
12柏レイソル3730910113539−4
13ヴィッセル神戸303086163563−28
14大分トリニータ2630511142737−10
15ベガルタ仙台243059163156−25
16京都パープルサンガ233065192860−32

「概要」 1990年代後半を席巻した鹿島アントラーズ、ジュビロ磐田の2強が世代交代期に入る一方、岡田武史を招聘した横浜F・マリノス、イビチャ・オシムの指導で急速に力をつけたジェフユナイテッド市原が台頭するなど、クラブの上下関係が大きく変動する兆しを見せた年であった。特にセカンドステージは、上位3クラブの勝ち点、勝敗がまったくの同数になる(得失点差で横浜FMが優勝)という混戦ぶりであった。

結局、ファーストステージ、セカンドステージの双方で横浜FMが優勝したため、2年連続でJリーグチャンピオンシップは開催されず、横浜FMが自動的に年間優勝となった。また、年間総合順位の2位も(チャンピオンシップの敗者ではなく)年間勝ち点の2位である磐田になった。

一方残留争いは、1stステージの遅れを挽回できなかったベガルタ仙台と京都パープルサンガが降格となった。

この年J1に参加した大分トリニータは大分市営陸上競技場がJリーグの基準を満たしていない(座席で15000人以上収容が必要だが、同スタジアムは芝生席が主である)ため、大分ビッグアイに本拠地を一本化。ヴィッセル神戸は神戸ウイングスタジアムに本拠地を移転。また、浦和レッズはさいたま市駒場スタジアムに加え埼玉スタジアム2002も正式に本拠地登録した。また東京スタジアムは命名権の売却により「味の素スタジアム」(味スタ)に名称を変更した。

2ndステージでは最下位の大分トリニータが最少失点をマークするといった珍記録が生まれた。

2003 ヤマザキナビスコカップ
浦和レッズ 悲願の初タイトル獲得!

「概要」 決勝は2年連続で鹿島と浦和の対戦となった。鹿島は大会連覇と通算10冠、浦和は2年続けての初タイトルへの挑戦となり、決勝戦のポスターには「連覇か、雪辱か」というフレーズが使われた。この日は雨が降り続いていたにもかかわらず、両チームのサポーターにより51,758名の大観衆が詰めかけた。

試合は浦和が前半13分に山瀬功治のゴールで先制するも、前半36分にエメルソンと坪井慶介がCKのディフェンスの際に激突して負傷。治療している間に鹿島が猛攻を仕掛けたが、浦和が必死の守備で防ぎこのまま前半終了。後半開始時に坪井が復帰すると、浦和はエメルソンと田中達也がゴールを決めて一気に突き放す。さらに後半41分にはエメルソンがこの日2点目となるゴールを決め、そのまま試合終了。浦和が4-0で勝利し、前年の雪辱を果たすと共に悲願の初タイトルを獲得した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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