J1リーグ
浦和レッズ 14年目での初優勝を飾る!
| 順位 | クラブ名 | 勝点 | 試合 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 浦和レッズ | 72 | 34 | 22 | 6 | 6 | 67 | 28 | 39 |
| 2 | 川崎フロンターレ | 67 | 34 | 20 | 7 | 7 | 84 | 55 | 29 |
| 3 | ガンバ大阪 | 66 | 34 | 20 | 6 | 8 | 80 | 48 | 32 |
| 4 | 清水エスパルス | 60 | 34 | 18 | 6 | 10 | 60 | 41 | 19 |
| 5 | ジュビロ磐田 | 58 | 34 | 17 | 7 | 10 | 68 | 51 | 17 |
| 6 | 鹿島アントラーズ | 58 | 34 | 18 | 4 | 12 | 62 | 53 | 9 |
| 7 | 名古屋グランパスエイト | 48 | 34 | 13 | 9 | 12 | 51 | 49 | 2 |
| 8 | 大分トリニータ | 47 | 34 | 13 | 8 | 13 | 47 | 45 | 2 |
| 9 | 横浜F・マリノス | 45 | 34 | 13 | 6 | 15 | 49 | 43 | 6 |
| 10 | サンフレッチェ広島 | 45 | 34 | 13 | 6 | 15 | 50 | 56 | −6 |
| 11 | ジェフユナイテッド千葉 | 44 | 34 | 13 | 5 | 16 | 57 | 58 | −1 |
| 12 | 大宮アルディージャ | 44 | 34 | 13 | 5 | 16 | 43 | 55 | −12 |
| 13 | FC東京 | 43 | 34 | 13 | 4 | 17 | 56 | 65 | −9 |
| 14 | アルビレックス新潟 | 42 | 34 | 12 | 6 | 16 | 46 | 65 | −19 |
| 15 | ヴァンフォーレ甲府 | 42 | 34 | 12 | 6 | 16 | 42 | 64 | −22 |
| 16 | アビスパ福岡 | 27 | 34 | 5 | 12 | 17 | 32 | 56 | −24 |
| 17 | セレッソ大阪 | 27 | 34 | 6 | 9 | 19 | 44 | 70 | −26 |
| 18 | 京都パープルサンガ | 2 | 34 | 4 | 10 | 20 | 38 | 74 | −36 |
「概要」 2003年・2004年年間王者の横浜FMが開幕4連勝で2年ぶりの優勝に向けて好スタートを切った。しかし第5節で浦和との不敗チーム同士決戦に敗れて以降、15試合でわずか2勝しかできずに首位から12位まで順位を下げ、2003年から指揮を執っていた監督の岡田武史が不振の責任を取って辞任する事態に至った。また前年は優勝争いをしたC大阪と、充実した戦力を補強をした広島が不振にあえぐ意外な展開も見られた。特に広島に至っては開幕から10戦勝ち星が無かった。横浜FMの失速後は前年王者のG大阪、優勝候補本命と言われていた浦和、開幕2試合で13点を取って勢いに乗った川崎が代わる代わる首位に立ち、ワールドカップによる中断時点では川崎が首位であった。
再開後はG大阪・浦和・川崎の3強に、前年J1自動残留ギリギリの15位から躍進を遂げた清水が絡む展開になったが、若手が多く優勝争い慣れしていない清水がまず脱落。第24節まではG大阪が首位であったが、第25節からの4試合で3敗1分けという不振で浦和に首位の座を明け渡す。ただし浦和も首位に立ってからは取りこぼしが目立つようになった。川崎は大量失点の試合も多いという欠点もあったがリーグトップの得点力で食らいつき、第31節終了時点では首位の浦和を勝ち点3差でG大阪、4差で川崎が追いかける状況であった。
11月23日に行われた第32節、浦和はホームで甲府に勝利、G大阪はアウェーで福岡に引き分け、川崎はアウェーで清水に敗れ、この時点で首位浦和と勝ち点差7となった川崎の優勝可能性が消滅。浦和とG大阪の勝ち点差も5となり、浦和は残り2試合で1勝でもすればG大阪の結果にかかわらず優勝が決まる展開となった。しかし11月26日の第33節、浦和がアウェーでFC東京とスコアレスドロー、G大阪がホームで京都に勝って勝ち点差を再び3に詰め、優勝の行方は12月2日の最終節・浦和とG大阪の開幕カード以来の直接対決に持ち越されることになった。得失点差でも浦和が6上回る展開だったため、G大阪が優勝するには3点差以上で勝利する必要があり、浦和が有利な状況には変わりはなかった。
62,240人と、当時Jリーグの最多観客数を更新したこの試合、21分にマグノ・アウベスのゴールでG大阪が先制するも、27分にはポンテのゴールで浦和がすぐに追いつき、さらに前半終了間際のワシントンのゴールで浦和が逆転。後半に入ってもワシントンが追加点をあげて突き放す。G大阪は後半途中から、ウイルス性肝炎で長期離脱していた遠藤保仁を投入し反撃に出るが、反撃は78分の山口智の挙げた1点止まり。浦和が3-2で勝利し、14年目での初優勝を飾った。この試合は、2013年に行われたJリーグ20周年企画「Jクロニクルベスト」において最も得票を集めた試合となった。また、同節で勝利した川崎がG大阪を交わして逆転で2位になり、翌年のAFCチャンピオンズリーグの出場権を獲得した。
残留争いは中断時点では福岡・京都・甲府の昇格組に、前年は躍進を見せていたC大阪・広島、ここ数年不振が続く名古屋が加わり、シーズン終盤にはFC東京・大宮もこれに加わった。特に前年最後の最後まで優勝争いをしていたC大阪は開幕から大量失点を繰り返し、監督の小林伸二が早々と解任されるシーズン前の予想からは信じられない状況であった。再開後は15位以上の勝ち点もそれほど伸びなかったが、前半不振だった名古屋はヨンセンの補強、広島も新監督にペトロヴィッチを迎えるとそれぞれ順位を上げ、残留争いからは脱出した。シーズン終盤はFC東京・大宮がやや不振気味で順位を落としていたが、それ以上に16位以下のC大阪・京都・福岡の3チームが勝てず、残留争いはこの3チームに絞られた。最終的には京都が第31節からの3連敗で最下位が確定してJ2降格が決定、残り1試合の段階でC大阪が福岡に勝ち点差1を付けており、最終節で勝てばJ1・J2入れ替え戦に進出できた。しかし、最終節でC大阪が負けて福岡が引き分けたため勝ち点で並んだが、得失点差が2上回った福岡が16位、C大阪が17位となり、C大阪の降格が決まった。福岡はJ2・3位の神戸と入れ替え戦を戦うことになった。
なお、大宮アルディージャはさいたま市大宮公園サッカー場のJ1基準スタジアムへの改修をするため閉鎖中だったため、さいたま市駒場スタジアムへ暫定移転した。大分トリニータ本拠地の大分スポーツ公園総合競技場(大分ビッグアイ)は、命名権締結により「九州石油ドーム」に改名。
2006 ヤマザキナビスコカップ
ジェフユナイテッド千葉2年連続でリーグカップのタイトル獲得!

「概要」 決勝は2003年以来3年ぶりの登場となる鹿島アントラーズと、前年のカップウィナーで2年連続の決勝進出となるジェフユナイテッド市原・千葉の対戦となった。両チームは決勝の対戦カード決定した後にリーグ戦で対戦しており、千葉がアウェーゲームを4-0の大差で制した。その試合では千葉のボランチ・阿部勇樹にハットトリックを決められた鹿島が、この決勝ではどのように修正してくるのかが一つの見所になった。また鹿島としては長らく遠ざかっている10個目のメジャータイトルがかかった試合となった。
試合は双方の守備陣が集中を切らすことなく守り抜き、終盤まで得点を許さず緊迫した雰囲気が続いた。こうした中で試合終了直前の80分、鹿島のディフェンスラインの隙を付いて右サイドから切れ込んだ千葉の水野が先制ゴールを挙げた。千葉は攻撃の手を休めず2分後の82分にセットプレーから阿部がゴールを決め突き放し、この連続ゴールによって試合は完全に決した。MVPは決勝点となる先制ゴールを決めた水野晃樹に与えられた。
千葉は前年に続き2年連続でリーグカップのタイトルを獲得した。なお、リーグカップの連覇は1992-94シーズンに3連覇したヴェルディ川崎以来2チーム目であった。
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